おやじさん、語ってやってくれ

父の友人、私の友人でもある「アマチュアレーサーの投資家」さんは
「やりたいことを一番挑戦できるとされる」50代。


「一番にならないと気がすまない」という彼の性格のまま
大学生のころから起業を夢見て、行動、成功。
現在ビジネスマンから投資家にシフトしつつ
悠々自適の生活を送っている。


大学時代の合コンでイケイケでゲットした最愛の奥さんとは
今でもラブラブでいつも一緒、デートを重ねている。


子供が3人いるが、
まあ子供もうらやむ理想的なカップルというわけで。


ところが子供たちがぱっとしない。


まず長女。
両親のラブラブ度が理想。


ところが、それゆえに彼氏を次々とつぶしてしまっているらしい。
今のご時勢、両親のラブラブ度レベルに彼女につくせる男はおらん。


実業家を選べば、かまってくれる時間はなくなる。
ビジネスで必死だから。


かといってかまってくれる男を選べば、
ワープワのジェットコースター人生は覚悟しないといけない。


また、「女につくす」ということになれている男が減ってきた。
それは男が弱くなったというよりも
社会的土台が脆弱な時代だから、
男に自信がないというのがかなり大きい。


大体安心して家庭を営める収入というのが、
「600万の安定収入」といわれている。
これを一人で得られる男は限られている。
さらにそういう男はいそがしすぎる。


ワープワといわれている人の収入は150万〜200万。
2人で働いても400万。
しかも子供ができたら破綻。
でもその収入で家族の絆が強い、というのはよく聞く。
が、あまりにリスキーなことは事実だ。


彼女、きれいな子ではあるのだが、
男をとりこにする魔力に欠けている。
「あのおやじさんをして????」
なぜだろう。なんなんだろう。


ご両親が特別なんだ。時代の運もあったと思う。
「そりゃ無理だ…」というのだが…。


長男さん。
大学院で生物学の研究をして、
先生が就職先をあっせんしていたらしいのだが、
それをけって派遣社員をやっていた。


ところが2009年の不況で失業、
以来仕事が見つからないらしい。


派遣社員を選んだ理由は「自由にやりたい」。
やはり父のイメージがあるのだろう。


「自分が自由にやりたいでなくて、
せっかく国立の大学院でているのなら、
人のためにその能力を使うことを考えないと」と、父。


ちょっとまった、と私。
「自分が持っている何かを
 誰かに提供するというところに行くまで
 自分をつかまえられていないんじゃないか。
 自分をつかまえられていなければ提供できない。
 人の期待にこたえる…だけだと利用されるだけされてつぶされる。
 それは私の経験でもそう、
 不得意なもので貢献せよといわれても限界がある。
 得意分野を売りに出さないと。」


しかし、なぜこのおやじさんをして???


おやじさんにあって、子供たちにないものはなんだ?


「どろどろとした覇気」。これだ。


もしかして「アマチュアレーサーの投資家」さん、
自分のこと子供たちにあまり語っていないんじゃないか?
だから子供たちがお父さんの表面だけ見て、
自分たちもこうなれると思っている。


「アマチュアレーサーの投資家」さんも
時代の運もあったかもしれないが、
だてにそこまではいあがったわけではない。
ビジネスをやるということは
「答えのでない問い」を常に発することになる。
答えのでない問いに答えるには
その本人の哲学的な背景というのが必要になる。
だから、彼も多くの哲学的知見をもっていた。
哲学的知見をもって行動し、その結果をフィードバックする。


これはいわゆる「成功する人」が
かならずかかさずやっている思考だ。


この作業には膨大な時間をかけることになる。
片手間のやっつけ仕事ではできない。


これほどのものをおやじさん伝えていない?


「俺のやってきたことは正しい」で
押し付けるのでは反発しか残らないだろう。
しかし、「俺の物語」をきかせたことは?


最近いろいろな人に接していて思うのは
「俺の物語」が少ない気がする。
「俺の物語」がないと仕事ではなく作業しかできない人間になる。
作業しかできない人間は使い捨てにされてしまう。


「俺の物語」はどうやってつくるか。
これは本人が考えるだけでは育たない。
まわりの人のいろいろな物語を聞いていないと育たない。


おやじさん、「俺の物語」語ってやってください。
答えはでなくてもそれによってしか気づきをえることができない。