☥ 硝子の楽園 伊東聰 005

「やつの自己申告によると『そんな高尚なことは考えていなかった』というんだな。たぶんそれは本当だと思う。やつがいうには熱傷の後遺症で引きこもっているときに、『ある』来客があったというのがきっかけらしい。」

「やつの家に中東のIQ国の要人がお忍びでたずねてきたんだ。どうも知り合いのセレブの一人がやつの形成の腕をかって無理にお願いしたらしい。」「IQ国か。そういえばお忍びで大統領夫人とその息子が日本にきていたな。」 「そう。」

「その大統領夫人の病気療養という名目できていたのだけど、その夫人の温情というやつで要人の娘がつれてこられていた。シルヴァー、お前も知ってのとおりあの湾岸戦争だ。アメリカの落とした爆弾で多くの一般市民が巻き込まれた。」

「その娘も爆弾にやられて一命は取り留めたが、ひどいやけどを負った。特に気になったのは『顔』だ。顔に負った熱傷も当時経済制裁で医薬品がたりず適切なケアを受けられなかった。なんとか治っても形成できる病院がない。」

「で、国外で治療を、といっても治療を引き受けるといってくれるところがなかったんだ。国際的にはIQ国は『敵国』ということになっていたからな。お忍びできたのはそれゆえだ。ひきうけてくれるところをさがしたが大学病院とかでは無理だ。」

「個人のクリニックはと思ってさがしても、誰もびびってひきうけるとはいってくれない。そんなときにやつが浮かんだのだと思う。もとからやつには社会的にどうのという感覚ないからな。国際的配慮とかそういうやつな。だめもとでお願いした。」

「最初は自分のけがが治っていないからと断ったらしいが、その娘をみて考えが変わったと本人はいっている。やつの岡山のクリニックはそれが発祥だ。熱傷の治療となると療養施設の問題がある。ほかの闇のクリニックではそうはいかない。」

「たまたまだがやつがボンボンだったために、資産はあるわけだ。そのひとつにあの個人所有の首島があった。そこにその娘を隠して治療することにしたんだ。個人の島だから外部にもれる心配はない。しかも療養施設になるような施設もある。」

「少女の治療は成功し、彼女はIQ国に帰った。そしたらその要人の紹介で別の『患者』が送られてきたんだ。その『患者』もお忍びで治療して帰っていった。そしたらまた紹介で別の『患者』がきたんだ。それを次から次へと引き受けた。」

「ある日『患者』が数人まとまって送られてきたんだ。それまではある程度裕福な人間の子女だった。違うんだ。一般庶民の人たちだった。」「それにはやつもびっくりだったらしい。『これはどういうことだ』ときいたらなだな。」