小説

☥ 硝子の楽園 伊東聰 020

「だけどやっぱりこわいんだろうね。そのままここにいついて何年になるだろう。もうすっかり『婦長さん』としても凄腕になっているでしょう?」「婦長さんですか」「まあいっぱい助けられてます。でも」「ここからは足を洗うべきなんです」「足を洗う…べき?…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 020

☥ 硝子の楽園 伊東聰 019

いつもの微笑みで浦神氏がならぶ。「みなさんのところに行かれないのですか?」「実は人のなかは苦手なんだ…」「…」「このクッキーは昭子さんの手作りでね。いわゆるアッパー系『合法ハーブ』配合です!」「え!」「シナモンです」「あ」「まあ薬物なみの効…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 019

☥ 硝子の楽園 伊東聰 018

連翹、季節はずれ…。印西牧の原のコスモスの写真があったはずなのだが…ハーブ農園ではハーブ摘みが行われていた。コスモスやバラに囲まれた緑の空間にはラベンダーをはじめ、ローズマリー、タイム、マジョラム、ミント、セージ。種がとれるものは種を取り摘…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 017

「で、決まって先生はこういうの。悪いことしていた『悪縁』の名残だってね。悪いやつではないよ。でもね、もうそんなん切ってもやっていけると思うの。だけど、先生はそうしないのよ。なんで?と聞いてもいつも笑顔ではぐらかすの」「昭子さんは『ここ』に…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 016

「秦野」浦神氏の声の調子が変わる。「『俺』がどういう人間だったか、忘れてしまったのか?思い出させてやろうか?」残った左目がきらりと光る。秦野が畳みかける。「誰のおかげで生活できていると思っているんだ?え?セイちゃんよ?」「別に」浦神氏がい…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 015

案の定、のことであるが、夕食時のくつろぎ時間になるとさっそく秦野の「トークショー」がはじまった。そのころには太一も昭子もサファイアンも戻ってきて「歓迎しがたい客」の到来に顔をひきつらせつつそれぞれの持ち場へさっていった。あとにはなにも語ら…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 014

オペは終わった。輸血の必要はなかった。大事には至らなかったようだ。VIPルームとしている「個人部屋」で彼女は眠っている。「真島くん、ありがとう。手伝わせてしまって申し訳なかったね」。オペの後片付けをすながら浦神氏はいった。「いえ、手伝えること…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 013

「正直な話、『どうしよう』と思いましたよ。けがをした時の記憶って全くないんですよ。気が付いたら包帯だらけでしょう?大変なことになったという自覚はある程度あったんですが、いざ『現実』を目の前にするとねえ。」浦神氏の自宅。束の間のブレイクタイ…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 012

「人間の苦しみで一番理解されないのは『病の苦しみ』といわれます。多くの人は病気の苦しみを知りません。臓器移植の問題も多くの人にとっては他人事にすぎません。メディアなどで紹介されると問題は解決したと思われがちです。」「日本の移植臓器の8割は…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 011

「腎臓と肝臓だけじゃ、需要はあるかもしれないけどもとはとれないよね?。さっきのヘリの話じゃないけどいろいろかかるんでしょ?そういうのって。病院施設の利用料とか現地で滞在費とか。あ、当然やってくれる医者もいるよね?」「あくまで『聞いた』話です…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 010

東京・池袋。とある雑居ビルの一室。シルヴァーとリロが対面しているのは「闇の医療コーディネーター」とされる、秦野出会った。「だいたいの話はリロから聞いた。私も話せる話とそうでない話があります。その点はご了承ください。」「もとより承知の上です…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 009

歳に似合わず韋駄天のようにみかんの丘をかけのぼる太一についていきながら、「俺」の考えはまとまっていた。まずは調べたとされるものを洗い出そう。島に遺体はなかったのか、墓場、灯台、そして桟橋以外の出口。大事なのは生活サイクルだ。太一のリズムに…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 008

標高49Mの小高い丘のある首島の散策はそれほど大変なことではなかった。もともと一時期流刑地として使っていた以外は無人島だったらしい。 浦神氏の自宅の裏山が一番標高が高くちょっとした見晴らし台になっていた。島自体は2km四方でそれほそ大きくない。町…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 007

※イメージです。元ネタは萬翠荘 愛媛県松山市 http://www.bansuisou.org/ 「仕事中」だというのを忘れそうなほどすがすがしい朝を迎えた「俺」は窓から見える瀬戸内海の青い景色を眺めていた。思わず「敵陣」の真っ只中、ということを忘れてしまいそうだった…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 006

IQ国はイスラームの国だ。宗派はシーア派が多くて…というのはともかく、イスラームには施しの義務があってな、『ザカート』、『喜捨』というんだが大概はワクフ省という省庁が管理してるんだが、個人でもできるんだな。」 そういった金持ちたち、たぶん政府…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 005

「やつの自己申告によると『そんな高尚なことは考えていなかった』というんだな。たぶんそれは本当だと思う。やつがいうには熱傷の後遺症で引きこもっているときに、『ある』来客があったというのがきっかけらしい。」「やつの家に中東のIQ国の要人がお忍び…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 004

「潜入成功と連絡がはいった」「そうか」「これからが大変だ。真島のことだからなんかポカしそうで」「シルヴァー、お前がいうな」「俺は違う。俺はわかってやっている。」「その『天然』が恐ろしいんだって」ここは新宿・某所。医院の一室。スタッフもいな…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 003

首島から見る瀬戸内の海がこんなに美しいと思わなかった。東日本の海にはこのような景色はなかった。少し車を飛ばせば「日本のエーゲ海」とよばれた牛窓という町に着くのだが、まるでエーゲ海のある島に上陸したような雰囲気だった。 桟橋から見上げるとめだ…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 002

瀬戸内の海は今日もおだやかであった。古来より風待ちの港として知られていたこの町から大小の島々へ向かうフェリーがある。メインの島へのフェリーもあるが、「俺」が向かったのは個人所有の小さな島であった。島の名は「首(こうべ)島」。「俺」はその島…

☥ 硝子の楽園 伊東聰 001

世の中にはどうしようもない「クズ」ってやつが必ずいる。たとえやつがばらされようと同情すらできないような、そんな「クズ」がどうしてもいる。しかしそいつが魚の開きみたいにおなかをぱっくりあけて海に浮いたというなら話は別だ。 「俺」こと、真島竜(…