☥ 硝子の楽園 伊東聰 006

IQ国はイスラームの国だ。宗派はシーア派が多くて…というのはともかく、イスラームには施しの義務があってな、『ザカート』、『喜捨』というんだが大概はワクフ省という省庁が管理してるんだが、個人でもできるんだな。」

そういった金持ちたち、たぶん政府側の人間なんだろうが篤志家の融資による寄付で渡航できた人間らしい。金持ちだけがいい治療をというのがどうかと思ったのか。」「話がどんどん大きくなるな」「そうなんだよ。さらに、だ。」

まあそれでもやれるだけのことはやつはやった。で、当然ムスリムたちがくるものだから、島の施設もムスリムが暮らしやすいように整備された。あの小さい島なのにいわゆる『モスク』がある。」「ほう。」

やがてIQ国は戦争に負けて、敗戦国の要人は戦争責任をとわれた。処刑されたやつもいる。篤志家の多くは要人だったらしいから、その『ツアー』もとまった。ところが治療したい患者はまだまだいる。なんとかならんか、となった。」

さすがにいくらやつが金持ちのボンでもIQ国からのツアーの渡航費までは負担できない。かといって渡航できないし、医薬品や設備の問題でどうしようもない。そこで、やつは5年ぶりに世間に出た、というか姿はださないから『声明』だな。」

そこで空白の5年間のことを洗いざらいしゃべってIQ国の事情も訴えて支援をお願いをしたんだ。瞬く間に寄付金が集まった。それでIQ国の患者の受け入れもできるようになったんだ。」

IQ国の人だけじゃない。国内外の『わけあり』の人たちも彼の救いをもとめた。あるとき暴力団の抗争で重傷をおったやくざの幹部がいた。普通の病院はびびってうけいれない。なにせ間違いでほかの患者殺されたような事件があったからな。」

やつのことだからその幹部を何もいわずに受け入れた。そしたら警察もおしかけてきた。対抗するやくざたちもおしかけてきた。『幹部』を引き渡せという。やつはどうしたと思う?両方とも追い返した。患者の容体がよくないから、と。」

やくざもんは脅迫してくるし、警察は公務執行妨害でぱくるという。だが、やつはひるまなった。要するにうけいれた患者であるからに治療には全力をつくすと。やくざの幹部だろうが、関係ない、治療に不利益なものはなにがあろうとさけると。」

ヒポクラテスの誓い』だな。いかなる患者も差別しない。個人の秘密は遵守する。理念・理想はわかるがなかなかできないぞ。」「それが一番決定的な事件だったよな。やつの株はあがりまくり。のちに回復した幹部は出頭したらしいが。」

その後はお前の知ってのとおりさ。東京の美容外科はほかの医師にまかせて、岡山の島に彼はひきこもっていろんな患者をうけいれているわけだ。」「それだけ聞くと美談だな。」「ところが『美談』で片付かないきなくない問題がでてきた。」

俺も病院を経営している身だからわかるが、どうやって回しているんだろう。まず大きな疑問はそこだ。まあ『わけあり』にはいろんな人間がいるから貧富の帳尻をあわせてしまう方法はないとはいえないが、限界がある。」

医者は金持ちだというイメージがあるが、病院経営は営業利益をだすのは難しい。いくらやつが金持ちで自由診療美容外科ベースでの経営であったとしても、全国チェーンならともかく東京と岡山だけだろう?たとえ寄付金があったとしても」

当然そこを気にする人がでてくる。闇の世界からの献金もあるかもしれない。脱税とかの疑念もあり、ある日国税局の調査員が調査にのりだした。やつは受け入れた。消されたよ。」「消された?」「いや語弊があったかな、行方不明になった。」

よくよくいろいろ調べてみると実はあの島に『渡った人』と『帰ってきた人』の数があわない。渡った人は必ずなんらかの形で島から出るし、でなければ島に残っているはず。上陸した形跡さえないといわれる。」

まあ基本的に行方不明になるやつはやくざ関係とかマフィア関係とかそういう黒いわけありのやつが多い。その社会の事情で消えることもあるから当初は気にしていなかった。ある彼の事業に興味をもったジャーナリストがいた。消えたよ。」

当然捜査はやつの島にはいるよな。で、やつも任意捜査に応じる。だが、いくらさがしてもその島に上陸した形跡すらないという。殺されていれば埋められているかもだが、そういう形跡もない。」

またあるジャーナリストの場合は海上タクシーで島をでたのを目撃されたが、それっきり、とかね。」「うむ。それがこのリストか。」「帰ってこれたやつもいるからすべてではないと思うが…。」

国税局の調査員が行方不明になった事件で慎重に状況を調べたんだな。やつにこれが知られると『消される』リスクがあるから本当に慎重に、なんだが日本国だけの問題に収まらなくなっているようだという結論になった。」

そんな結論に達しつつあるところにあの『開き人間』か。」「そうだ。」「現時点ですべて推測にすぎないがリロと俺の考えていることは同じだな。」「ああ、国際医療ビジネスの『闇』ってやつだ。ドナービジネス、だが現時点で証拠はない。」