☥ 硝子の楽園 伊東聰 009
歳に似合わず韋駄天のようにみかんの丘をかけのぼる太一についていきながら、「俺」の考えはまとまっていた。まずは調べたとされるものを洗い出そう。島に遺体はなかったのか、墓場、灯台、そして桟橋以外の出口。大事なのは生活サイクルだ。
太一のリズムにあわせて島で遊ぶ。これでみえてくるものがあるだろう。久しぶりの「遊び相手」がうれしいのか、みかん畑からいくつかみかんをとり食べてみろとせまる。食ってみるとなかなかうまい。「これは太一の畑のみかんなの?」
「いんや、先生のとこの患者さんがつくってる。町でもうっているんだよ。」「へえ、町で。」「で、ここでの生活のたしにしている。」「へえ」。みわたせばそれなりの広さの畑だ。「みかんだけじゃないんだよ。ハーブ園もあるゆよ。」
「やっぱみかんだけじゃ厳しいでしょ。ハーブだとそれなりの値段つけられるでしょ。それ以外にもオーガニック石鹸もつくってる。中東の国から職人さんがきて教えてくれた。」「ほう。」「あっちはバラ園。ローズオイルもつくるんだよ。」
「それからここの名産の牡蠣がおいしい季節になると、元気な人は牡蠣剥きのバイトいく人が出る。そのまま町に就職して社会復帰できた人もいるんだよ。」「ほう」「そのほかにもいくつか小さな仕事があるんだよ。」
「職業訓練までやるのか。」
「職業訓練ってほどじゃないと先生はいうけどね。」太一はいう。「先生はなにか仕事があるほうが人間元気になると考えているんだ。特に土に触れたりすると傷ついた心が治るんだってさ。」「ほう。」そいつは報告にはなかった話だ。
「しかしこれだけの農園、患者だけで維持するの大変だろう。」「いや患者だけじゃなくてたまに通ってきてくれる人たちがいるんだ。その人たちが農業指導している。」「外からくる人がいるの?」「『僕』のような『わけあり』なんだけどね。」
「先生は若い頃悪い人だったから、悪い友達いっぱいもってる。それにあぶない人たちもたくさん治療したからその人たちもいる。僕も先生の『悪い友達』の一人だよ。僕のほうが年上だけど古い友達。」一気にしゃべるとふっと顔が暗くなった。
「先生…あんなことになっちまって…。仲間が何人も離れたよ。僕はほっとけなくてそばにいた。ここで先生がクリニックはじめたころから僕はここにいるんだ。けんかになって飛び出したこと何回もあるけど基本ずっとここにいる。」
「頭のいい人ってすごいね。僕はバカだからさ、人生いっぱい失敗したけど頭のいい人は不幸を不幸のままにしないんだね。僕はそんな先生を一番よく知っている。この島のこともよく知っているよ。」ダルマ男の破顔一笑。にかりと太一は笑った。