☥ 硝子の楽園 伊東聰 010

東京・池袋。とある雑居ビルの一室。シルヴァーとリロが対面しているのは「闇の医療コーディネーター」とされる、秦野出会った。「だいたいの話はリロから聞いた。私も話せる話とそうでない話があります。その点はご了承ください。」

「もとより承知の上です。」シルヴァーは答える。「ところで」秦野は続けた。「臓器に関する国際的な闇取引があることは認めます。しかし、日本から海外に臓器を『輸出』…というのはまず考えられません。荒唐無稽、ということです。」

「どういうことだ?」「おたく、臓器移植…についてどの程度ご存じです?」「この事件に取り組む基礎知識程度には。まず移植には2種類ある。生体移植と死体移植。問題になるのは死体移植だ死体移植には脳死と心臓死の場合がある。」

「移植可能な臓器は?」「角膜移植をはじめ、心、肺、腎、肝、膵の五臓。小腸もある。いわゆる骨髄移植、造血幹細胞移植は白血病のみならず、免疫不全疾患、遺伝子異常による代謝異常疾患でもおこなわれる。」

「最近では手足とか顔とか、生殖器の移植もできるらしいな。」「完全ではないがな。では、死体移植ができる臓器は?」「まあ五臓と角膜はいけるだろう。脳死であれば心臓もだ。まあ人体のほとんどの臓器は可能なのではないか?」

「うむ。では死体から臓器を取り出したとする。タイムリミットは?」「タイムリミットは?」「臓器移植は時間との戦いだ。『輸出』にはそこが問題なんだ。臓器のような生体を輸出するにはいろんな検査がいるだろう。それが煩雑だ。」

「臓器の血流が停止してから移植先で再開されるまでの時間を『総阻血時間(そうそけつじかん)』というんだが、心臓はわずか4時間、角膜は48時間。実際に輸送に使える時間はわずか2、3時間。とにかく時間との闘いになる。」

「日本で正規の臓器移植は1997年。高知赤十字病院脳死患者からのだ。大阪、長野にはる防災ヘリコプターやチャーター便が使用された。まして日本は島国だ。臓器マフィアによる臓器売買の話は耳にするが輸送手段からして無理だ。」

「でも最先端医療をベースにした臓器マフィアたちは海外をベースにしているよね?」「あれはどちらかというと『生体移植』になる。」「えー、『生体移植』って腎臓か肝臓だけじゃん。どういうこと?」いわゆる闇の世界で。」「なるほど。」

闇金とかで『腎臓とか目ん玉売って金作れ』というあれね。生きているまんま提供場所にいけばいいわけだ。でも『全部』とってしまったらやばくない?全部とれるの?」「だから荒唐無稽だ、ということです。」