☥ 硝子の楽園 伊東聰 011

「腎臓と肝臓だけじゃ、需要はあるかもしれないけどもとはとれないよね?。さっきのヘリの話じゃないけどいろいろかかるんでしょ?そういうのって。病院施設の利用料とか現地で滞在費とか。あ、当然やってくれる医者もいるよね?」

「あくまで『聞いた』話ですよ。僕は『医療コーディネーター』とはいっても合法的な仕事しかしてませんからね。ただ、このような仕事をしているといろいろ入ってくるんですよ、いろいろとね。」秦野は「合法的」をしきりに強調した。

「一昔前は臓器移植というとフィリピンが有名でした。欧米諸国ではインドです。しかしここ数年は事情が変わってきました。きっかけは2008年の国際移植学会でだされたイスタンブール宣言です。要は『移植は自国で!』です。」

「臓器売買、移植ツーリズム、移植臓器の商業化の明確にして、移植用臓器は「自給自足」という宣言です。これにより外国人への移植医療が世界的に厳しくなりました。フィリピンでは大統領宣言で移植ツーリズムが全面停止。」

「中国はその前年に停止。つづけられていた『闇』の医療は『摘発』を受け根絶。それでも中国、インド、パキスタン、フィリピン、はては東欧や中東でも臓器売買を目的とする『人身売買』が摘発されているから、やっているんだろうね。」

「いずれにせよ非常にリスクの高いビジネスになったことは確かでしょうね。それでも客は来る。臓器を売って金がほしいやつは来る。需要と供給の問題ですね。『金』で命や人生がかえるという現実を前に人間の欲をとめるのは無理でしょう。」

「そりゃ医療技術もあって材料も手に入るのに『医療倫理が』なんていわれておあずけくって、『はいそうですか』とはいかんよなあ。命かかってるのに。」「そういうことなんですよ。」わかってくれましたか!とばかりに秦野の目が輝く。

「日本では重大な事件が昔ありましてね、『和田心臓移植事件』といわれる。札幌医科大学で世界で30例目の移植手術をしたんだ。溺れて脳死になったドナーの大学生から高校生に心臓を移植した。手術は成功した。しかし高校生は死んだ。」

「高校生が死んだことで疑惑がもちあがった。『不要なオペをしたのではないか』と。ずさんな、と指摘されても仕方がない状況がいろいろあきらかになってね、最終的には刑事告発されたものの『嫌疑不十分』で不起訴になった。」

「しかしその事件のために『脳死』による臓器移植医療はその後30年以上も停滞することになった、とされている。法律が施行されたのは1997年だ。しかし非常に厳しい制約があるため、依然として『臓器』不足の傾向がある。」

「患者は自らの『死』におびえながら臓器移植を待つ。そこに『技術』があるにかかわらず、だ。当事者性がないものが小手先の浅い『正義感』や『倫理観』で患者の命を脅かす。そう感じません?需要側と供給側の意思は一致しているのに。」