☥ 硝子の楽園 伊東聰 014

オペは終わった。輸血の必要はなかった。大事には至らなかったようだ。VIPルームとしている「個人部屋」で彼女は眠っている。「真島くん、ありがとう。手伝わせてしまって申し訳なかったね」。オペの後片付けをすながら浦神氏はいった。

「いえ、手伝えることがあれば」「俺は答える」。浦神氏は例の「微笑み」を返す。だが、次の瞬間ふっと悲しげな瞳になったことを「俺」は見逃さなかった。浦神氏は目をそらす。しばらくの沈黙が続く。「あとは昭子さんがみるから…」

浦上氏が目を伏せる。顔を合わせないように「俺」の横に並ぶ。しばらくの躊躇と沈黙のあと浦上氏は切り出した。「私が…マスコミの取材を受けない…ことはご存じですね。そして私に対して黒い話が付きまとっていることもご存じですね。」

「ああ」俺はためらうことなく相槌をうつ。こういう場合は取りつくろうより素直に認めたほうがいいと考えたからだ。悲しい瞳を打ち消すかのようにふっと微笑む浦上氏。「セレブともてはやされる人の中にはいろいろな性癖の人がいてね。」

「彼女のようにね、暴力をうけて死にかけるほどのけがをする娘(こ)もいるんです。決まっている『常連の方』でね、ある中東の王族の息子さんだけど、日本で遊ぶのが好きでね、六本木のお気に入りの場所で女の子を指名するんです。」
「コーディネートする人間ももちろんいて、女の子のほうも悪い気はしないんです。アラブの国の王子様に指名されてなにかいいことあるんじゃないかと期待して。でも彼は血をみないと気が済まない性癖なんです。わかってて紹介する。」

「そうやってだまされて夢やぶれてボロボロにされた娘を治療する。そんな『役目』も私はもっていてね。まあ、金持ちの遊びの後始末です。表ざたになるのはやばいのでそうやってもみけすんです。そうやって高い報酬をいただいている。」

「だまされた娘の口をふさいでいただいた報酬でいろいろなオペをして『魂』を救う?偽善でしょ?胸をはって『いいことしてます』なんていえた話じゃない。美談なんかじゃない。慈善の名を借りた黒い後始末です。でも必要なんだ。」

「おーい、遅いから俺泊まってくぞ」秦野の声だった。「勝手にすればいい。部屋はどれも掃除してある。どこでも使え」。めずらしく吐き捨てるような口調で浦上氏は答える。どうしてもこの男が嫌いだという態度がありありとみえた。

だが秦野は気にしない。そんな浦上氏の態度になれているようだった。「つれないな?、『セイ』ちゃん」はたが聞いたら鳥肌がたつような甘えたことで秦野はいう。浦上氏は無視したまま。「シャワー借りるね」と秦野はさっていった。