☥ 硝子の楽園 伊東聰 018
連翹、季節はずれ…。印西牧の原のコスモスの写真があったはずなのだが…
ハーブ農園ではハーブ摘みが行われていた。コスモスやバラに囲まれた緑の空間にはラベンダーをはじめ、ローズマリー、タイム、マジョラム、ミント、セージ。種がとれるものは種を取り摘んだハーブはオイル漬けなどに加工するのだそう。
こんなに人がきているのかと驚くほどに人がいる。20名ぐらいだろうか。普段は人目をさけるようにひきこもっていた人たちだった。ラベンダースティックをつくるのだ。カモミールを乾かしてお茶にするのだ。バジルからこんなに種がとれた。
ディルはピクルスにつかうのだよ。ローズマリーは香りが命でね。そう、バラの花をたくさん積んでローズウォーターをつくろう。今日はまだ朝だ。気候も気温もそれにはよい。バラの花と水の量は1:6だ。そう、100gで600ccだ。
大人たちがわいわいと騒ぐ中、少しはなれたところでバラを摘む少女。ひなただった。一つ一つの花をいとおしそうにそうっと摘み取る。白い麦わら帽子にシンプルな白い夏用のワンピース。かごのバラ色は映える。緑のハーブ、青い空。
その向こうで「ごっつい天使、活躍中」とばかりに太一がはねている。汗に白い長そでがぬれて下の「絵」が丸見えだが、誰も気にしていない。それどころかあちこちに顔をつっこむ太一に笑顔で話す。ときに「かかか」と太一の笑い声がひびく。
ひなたは気にしない。ただひたすら無心にバラ摘みをつづける。「まるで白い天使だな」そうおもった「俺」の心の声になによりも驚いたのは「俺」自身だった。「ここは天国か?『俺』はミッションに失敗してあの世にきてしまったのか?」
静かな時が流れる。目の前で展開されるイベントを「俺」は美しい映画のスクリーンを眺めているようにみつめていた。「自然体だな」「俺」はそう感じた。「ここにいる人たちは確かに『異形』かもしれない。だけど『異形』なのだろうか」
「異形」と感じているのは汚れちまった「俺」の心がさせているのではないか?世間に溶け込むというのはこういうことだという俺の「役割」がそう感じさせているのではないか?だがそう感じるのが「俺」だけではないという現実も確かにある。
「外の世界に居場所がない人」。昭子はいった。「異形」の者たちはそのような第三者の目に傷つけられる。
「俺」だってそうだ。ここにはじめてきたとき、まず浦神氏の顔に驚いた。昭子の顔にとまどった。太一の墨。そしてひなた。
浦神氏の評判は彼の腕だけではない。そんな人たちに可能な限り向き合いその場所を作ったその「行動力」だ。
「ハーブクッキー」いつの間にか太一が差し出す。「ありがとう」「私にも頂戴」。肩越しに聞こえる声。浦神氏だった。