「『美し』すぎた」テロリストの死

花を育てる人に「悪い」人はいない。
自然を愛する人に「悪い」人はいない。
人間のあり方そのものを愛した人がいた。


ある人がいった。
「あんなきれいな瞳をもつ人は悪い人とは思えない」


だが、その美しい理念ゆえにそれを土足で
踏みにじられた怒りはすさまじかった。
復讐を誓い、
世界が考えもしなかった方法でそれを実行に移した。


何不自由のない生活をし、何不自由もない
その運命をいかした別の「ジハード」もあったはずだ。
だが、彼にはその発想はなかった。


美しすぎた…とはいっても、女性の話ではない。


21世紀の世界を震撼させ、
後世までその名を残すであろうある男だ。


美しく生きること。
美しく生きる人に悪い人はいない。
だが、美しく生き、神の恵みを愛したからこそ、
その世界を実現しようと
おそるべきテロリストに変身する。
そういう人間がいるということだ。


その男の名はオサマ・ビン・ラディン

正体―オサマ・ビンラディンの半生と聖戦 (朝日選書)

正体―オサマ・ビンラディンの半生と聖戦 (朝日選書)

オサマ・ビンラディン

オサマ・ビンラディン


花を育てることを楽しみ、砂漠で散歩することを楽しみ、
欧米の文明がつくった「人間の欲を満足させる」システムを遠ざけ、
与えられた人間としての能力を生かすことを楽しんだ男。


2011年5月2日未明。
パキスタンの首都イスラマバードから
約60km離れた「軍都」アボッターバード。
アメリカ軍の作戦により死亡。


もともとアメリカの文化を
ジャーヒリーヤ的文化と位置づけ毛嫌いしていた。
湾岸戦争」を口実にサウジアラビア駐留を考えたアメリカ。
そんな彼の進言しりぞけ、
「異教徒」のアメリカの軍をイスラムの聖地を扱う
かの国に駐留させたことに怒りを爆発。
一気に反米感情が加速した。


「郷に入れば郷に従え」。
異文化の地に足を踏み入れるなら
必ず遵守するべき鉄則である。
だが、世界の警察を自負するアメリカは
上から目線の「正義」を主張し、
かの地を土足で踏みにじった。
世俗的事情からそれを黙認したサウジアラビア


彼はその美しすぎる理念のための戦いを
彼の「ジハード」と位置づけた。
そしてその理念を「間違った方法」で次々と実現した。


各地でおこるテロ、爆破事件。
そして2001年。
9・11とよばれたアメリカ同時多発テロ事件


それはかつて欧米の「横暴」によって、
命を失ったものたちのための報復だった。
彼にとっては。


だが、報復は報復をよぶ。
彼の暴走に眉をひそめた人間はムスリム、異教徒問わずにいた。


ムスリムという偏見をうみだし、
彼の代わりに報復をうけるという
二次被害にあったムスリムも多かった。


彼はムスリムというせまい枠にとらわれるあまりに
本当のイスラームが教えきづかせようとする
「人間の本質的感情」というものを見失った。


報復の連鎖は人の死を喜ぶ人たちを多く作り出す。
彼がめざした世界とは別の価値観が広がる。


武器をもたないその状況で
娘の目の前で命をたたれ、
水葬という手段でムスリムとしての人としての
尊厳は傷つけられた。
その死に拍手喝采する人々。


「それだけのことをしたのだから当たり前」
そう考える人も多いだろう。


彼は戦争の敵司令官として死んだのか。
それとも大量殺戮者として死んだのか。


「彼を生け捕りにするとややこしい問題がたくさんある」


たしかに彼を奪還しようとするテロが増える可能性もあるだろう。


極端に美しく美化された理念は人間存在を傷つける。
そんなことを思い起こす。


そして、「正義」の名の下に
人間の尊厳が傷つけられる。
ターゲットの家族が傷つけられることを
なんとも思わなくなる。


ターゲットだけでなく、
娘が息子が妻が孫が殺される。
それを是とする「正義」
そしてそれを喜ぶという形で人間の魂が傷つけられる。
それだから人間なのだとわかってはいても。


報復する自由がある。
許す自由がある。
だが、可能な限り許す自由を選んだほうが
のちのちにいいよ、とイスラームは教える。


原理主義、というのであれば、
どれだけの人がそこに立ち返ることができるのだろうか。