「好きだったんだ」障害の受容−京都祇園暴走事件におもう− その2

こんなブログをかいている間にもいろいろな事実がわかってきて、
まさに私が感じたとおりで
彼は「藍染」が好きで入社した、つまりこの仕事を愛していた、そして「車」も好きだった、ということがわかってきた。


http://mainichi.jp/area/news/20120413ddp041040027000c4.html

藤崎容疑者は京都市内の私立中、高を経て、系列大学の文学部を卒業。その後、介護系の学校に通い、08年9月、同社に入社。「藍染めが好きなんです」と志望理由を話したという。


http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00221173.html

藤崎容疑者の勤務先の社長は「藤崎君は車が好きで『家でも乗っているし』って、言うてましたしね。(勤務中の事故は)1回もなかったですね。時々、横に乗せてもらいますけど、運転も上手でしたしね」などと語った。


ただでさえできる仕事が限られていて障害者の転職が容易でない時代で自分の障害の悪化のために「天職」と思っていたはずの仕事もリア充のツールである「車」をあきらめろ、というのは「できんぞ」。


特に障害をのりこえてでもつかんだものというのは苦労した分愛着がすごくあるから、「なんとか手放さずにすむ方法はないか」と余計に思うだろう。


そこで「3.取引」の段階にはいってたら容易ではない展開になった。
障害者であるからこそ、「当たり前」なのだけど、要するに情報が真実であるならば、事故をおこしても会社が責任をとりません、みたいな念書をかかされそうになったらしい。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/04/13/kiji/K20120413003034080.html

しかし、会社に病気のことを説明すると「事故を起こしても会社の責任ではないと一筆書いてほしい」と言われたという。


まだ人事レベルの話で社長は知らないと思われる。


そういうわけで「決断をする」のに難しい状況が続く中で今回の事故がおきた。


通常だったら追突なんてよくある話で「ごめんなさい」でしかるべき措置をとるのだけど、逃げた理由のなかにこの「念書」のことがあったかもしれない。

藤崎容疑者の姉は「家族がいくら止めても『大丈夫や』って。本人は運転していたり、昼間そんなことが起こることはないという、過剰に変な自信を持っていましたんで、結局こんな結果になってしまったんやと思います。ほかの方にご迷惑をおかけしてしまいますし、本人の命もこうして結局、弟は亡くなりましたし」などと話した。

それね、過剰な自信じゃなくて「大事なものを取り上げられない」ための「はったり」だと思う。それだけ彼が追い詰められたということをしめすエピソードとおもわれる。状況が状況なのでなんども繰り返すが9割以上の人がそうすると思うが、よほど「運転やめろ」と北風モードでせめたのだと思われる。


それだと理屈・理論で「現実」わかっていても絶対にいうことをきかないのですよ。


そこまでやって「事故」をやってしまうともう「八方塞」もいいところ。
暴走事件はおこすべくして起こったともいえる。
JR福知山線脱線事故と同じ「心理状態」だ。


いそぎすぎたなあ…と思う。
車の単独運転は無理としても、せめて会社をやめない方法をもう少しつきつめていれば本人も「安心」して自分の障害の「現実」に向き合えたと思うのだけど…。