伊達政宗に学ぶ 「障害者リーダー」を育てる メモ その5
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メモのその4までは昨年のもの。
ちょっと読み返してまとめてみると、まあこういうことだろう。
<1.厳しい現実 周囲のサポート必須>
不幸にしてそれが得られなかった人には
ごめんなさい、また考えるわ、だけど、
やはり人生のスタート時の周囲の大人のサポートは必須。
要するに政宗のように20歳で成人ではなく、
12、3歳で成人レベルの責任感を自覚させること。
とにかく高校に入学するぐらいまで。
現在の核家族体制では「母親」に依存しがちであるが、
それでは不十分である。
じゃあ父親の協力…それでも不十分である。
先生から地域の人、あと人生にかかわりそうな人すべての
かかわりで「人間」というものに対する
多様性を身につけさせないといけない。
いろんな人間のなかで育つこと。
悪い人間と出会うことも必要。
そこで役割を意識すること。
言いかえると学校教育だけでもダメなのだ。
なぜかというと、学校教育の欠点は「年齢」で
横にそろえていることが、障害児教育では最大の欠点なのだ。
「政宗」本人が大人でも、周囲がガキだったら、つぶされる。
一歩上からみた視点での介助が必要なのだ。
学校のシステムというのはそれが働きにくい。
政宗の「障害」が原因で
政宗と成実の間に「問題」が起こったとき、
周囲の大人がふたりを即座にひきはなした。
そして立場役割をあらためて仕切りなおしてから
再会させた。
そういう「悪い熱」をさます介助は大事である。
<2.厳しい現実 健康マニア>
これも必須。なにか身体的にかけるということは、
それをカバーするのにものすごいエネルギーを必要とする。
つまりそれをささえるだけの食生活は必要。
<3.厳しい現実 キャラ作り>
昭和の日本人が苦手とするところなのだろうが、
キャラ立ちすることが必要。
「普通」にとけこもうったって「無理」。
どんなに努力しても「同じ」にはなれないのだ。
でも日本社会の性質上、そこを強く求められ、
それゆえに「戦死した障害者」の多いこと。
<4.厳しい現実 恋愛を楽しむ>
2つの意味で「超難題」の気がするが、恋愛感情は人間をタフにする。
「超難題」その1。
「かわいそうな人の面倒をみたいタイプ」を引き寄せる。
そちらをひきよせてしまうと逆にスポイルされるのでNG。
同情と恋情をみわけられるかが、かぎ。
「超難題」その2。
自分ひとりをささえるのが精一杯で
人にわくわくどきどきする心理的余裕がない。
このふたつがクリアされれば面白いよ。
片思いでもいいのだ。
好きな人の前ではダメな自分をみせたくないだろう。
*1
<5.厳しい現実 いい人生モデルをもつ>
少ないんだよね…。
聴覚障害者が20歳までしか生きられないという都市伝説が昔あったのだけど、
その理由は20歳以上の聴覚障害者を子供たちがみたことがなかったからだ。
そのため、「将来の夢」というものがうまくかけなかったという。
目標となるモデルがいることは将来の自分像を描くため、
また「障害」を理由に己をスポイルしないためにも重要である。
<5.厳しい現実 やはりリーダー教育必要>
そこがぜんぜんダメダメだね。日本は。
昔から障害者だからこそ、「帝王学」が必要、と
提唱してきたのだけど、ここの不況で特にそれを感じるようになった。
と、いうのは障害者のリーダーはそれなりに私の周囲にはいた。
だが、ことごとく人生転落。
不況でほされていたとき何が一番怖かったかというと、
「彼らの二の舞になること」
そのときにクルアーンを開いた。
「できる人にたのめ」とでた。
うーむ。
友人に相談した。
「人を使うことを覚えろ」
うーむ。
で、会社をおこした。
会社おこしてはじめてわかった。
障害者のリーダーたちがなぜ失敗したか。
ひとつの共通点。
「彼らひとりに仕事が依存していて、彼らに何がおきたときに助けを求められなかった。」
ようするに「ワンマン、一匹狼」だったのだ。
いわゆる一人社長というやつだ。
ある内装の仕事をしていた聴覚障害社長は「耳の障害」理由に仕事受注できず、会社倒産。家族全員が聴覚障害者で全員失業、生活保護へ。
あるIT社長は精神障害の発作で倒れたとき、誰にも助けてもらえずそのまま失敗。
会社は事実以上倒産…か?((それ以上をきいていない))
とある同属経営のごたごたも「家族に依存(つまり全員がその会社の従業員)していたからセーフティネットがきかず、全滅。」
私自身もいままでの障害克服のプロセスが裏目に働いて、仕事受注できず。
時間も費用も投資した分がでかすぎて、
それが簡単に否定されたことに大きな怒りを抱えていたのであった。
でも考えてみるとそういうことだったのだ。
二つなんとか生き延びたケースがある。
ひとつは「仏師」という特殊な職業だった。
もうひとつはIT社長だが、本人が死の直前まで追い込まれたが、
会社は大丈夫だったというケース。(ちょっとやばかったけど)
彼らに共通しているのは「仕事が彼らに依存していなかった」ことだ。
ちゃんと彼らのもとに従業員が動いていたことだ。
聴覚障害社長は「耳の障害」が理由なら
聞こえる人を雇用してまかせればよかったのだ。
IT社長は人にまかせるしくみをつくるべきだった。
*2
同属経営もリスク分散で家族は別の仕事をし、
従業員をほかに雇用すればよかった。
そして私も…反省。
自分自身を無理に鍛えるために費用と時間をかけるよりは
やはり人に頼ることを覚えるべきだった。
ただ、コンプレックスが強いとそれは難しいのよ。
「障害でなめられてたまるか」と思うのが人情だからね。
「じゃあ無理に社長ならなくて従業員で…」
逆にこれは問題がある。
安く買い叩かれすぎてつぶされてしまうのです。
障害があるから安い給料で、は大間違いで
安い給料にすると問題が多くなる。
なぜか人は
「安い給料で雇えた。その分絞るだけ働かせよう」と
考えてしまう。
安い買い物するやつってケチなんですよ。
その人の対価にあわせて買っていないということなので。
「金を払った」という事実だけが重要でこき使う。
結局やすかろうわるかろうで健康に二次障害をかかえることになる。
実際アメリカの成功哲学にでてくる障害者は「司令官型」である。
「実務型」だとおそらく作業スピードがどの障害も
健常者の数倍かかるという現実があるから、
たとえば腕が使えない人が必死で腕をつかって、
数字を計算するより、計算を口述して書いてもらったほうが効率がいい。
聞こえない話せない人が必死で電話をがんばるよりも
聞こえる人に頼んだほうが効率がいい。
究極的に安定した仕事を、となると
障害者は「司令官型」のほうがいいんだよね…。歴史学的にも。
*3
というわけで障害者でリーダースキルをもつことは必須である。
かりに一従業員だったとしても、リーダースキルのあるやつであれば、
他のリーダーの行動の意図がわかるだろう。
少なくとも「会社の粗大ごみ」にならずにすむはずである。
組織の意図がわかる、というだけでもものすごく助かるよ。
ということで中途半端だけど話をしめくくります。<終わり>