「多様性を」は「僕」を認めて! その4

私にとって「普通の常識的な人」というのは異文化、異世界の住民でしかなかった。
「普通の常識的な人」からみた私もまた異邦人、異端者でしかなかった。
「多様性を認める社会」「多元性を認める社会」。
実ははじめから人間一人ひとりが「多様性、多元性」に満ちた存在だった。


■スローガンは「現実」ではない!「理想」だ!

ある若手の政治家が面白いことをブログに書いていた。スローガンでいわれていることはいっている本人は実は逆の姿をしているのだ、と。


つまり努力目標ということだろう。
そのようにかんがえれば確かにいろいろなスローガンに納得がいく。


たとえば「元気・やる気・思いやり」。
現実は元気もないし、やる気もないし、なによりも「自分が同じ目にあったらどうおもう?」がまったく通用しないある種すさんだ学校だった。


あれはいったいなんだったんだ。よくも恥じも外聞もなくあんなスローガンかかげていたもんだ、と長年思っていたが、ある教育関係者から「教育とは理想を教えるもの」と聞かされてなるほど、と思った次第。


でも理想ばかり教えるのではなくて、現実の諸問題を解決するスキルを教育してほしいと思う。


たとえば「けんか売られたらどのように買うか」とか。

さとし流でいうとまずNGは「どうしよう」と思うこと。


「どうしよう」と思った瞬間にやられる。


特に「首」とか「頭」とか本来けんかではNGとされているところを平気でねらってくる。


…もうこのころから日本の子供はおかしくなっていたのだ…。


あとから思うと「虐待されていた」子供もたくさんいた。だからそうだったのかと今なら理解できるが当時は「なぜか」理解できなかった。


この場合「逃げるか」「戦うか」決める。


「戦う場合」は「何人と戦うことになるのか」判定する。
→ほとんど1対他人数になるのだ…。


「判定できない」場合は…「ひとりずつ」に戦うか質問する。


「無理そうな人数」だっから「逃げる」


「戦うと決めたら話を聞かない」→「話を聞こうとしたらやられる」。
当然補聴器は使っていない。
(一台30万の補聴器壊されてたまるか…という以前に当時は使わなかった)


本当にバイオレンスな小中学校の9年間だったなあ…。
途中で死んでもおかしくない。


このけんかの方法は身近な大人に教わったこと。


でも学校では「仲良くしましょう」というだけで「仲がよくなる方法」も「けんかの仕方」も教えてくれなかった。本当に命にかかわることだったのに。


だからある意味で学校教育を信じていない。
信じられる学校は高校以上だ。


今「学校崩壊」「モンスターペアレント」とかいわれているが、私にいわせりゃ「当たり前だ!」。自業自得だ!


だって私34歳、結婚していれば子供がいれば子供はもう小中学生だ。
つまり「あの時代を生きた」子供たちが「親」になっているのだ。


子供時代に「学校崩壊」やったのを「みてみぬふり」したのだから大人になっても「学校崩壊」させるのだ当たり前だ。子供の虐待死もほとんどその年代だ。早い話が急所の区別もつかず手加減ができないのだ。教えてもらっていないし。「学校」は破壊するもの、弱いものは徹底的にいじめぬいて追い出すもの。サバイバル万歳!え?違う?


子供心に感じていたよ、「1980年代から『何か』おかしい」とね。
社会全体がそのつけを今払わされている。


■多様性を認めて!は「私を認めて」

とある知人とチャットで「多様な価値観」の話になった。私は知人に伝えた。「多様な価値観」を認めろ、という叫びの本音は「私を認めて」だ、と。異端の私を認めてだ、と。その当人は「自分だけでいっぱい」で多様性を認められるような余裕はもっていない、と。「受け止められた」という体験がないから、多様性を!と彼らはさけぶのだ。本当の多様性の世界はもっと多様だ。容易に言葉そのものが通じない世界だ。障害者雇用の多い職場ではたらく友人の話だ。


「みんな違ってみんないい」。金子みすずの有名な詩だ。多様性を認める社会をつくろう。人間とは多元性をもつものだから。語られることは美しい人間のあり方だ。しかし、多様性を求める当事者の多くが「多様性とはなにか」を理解することはない。マジョリティという「仮想敵をつくりあげて」必死に攻撃しようとするからだ。


私は自分の活動スタンスを伝統主義、保守主義としてそのスタンスを貫いてきた。理由は「障害を障害にしない社会」という活動ビジョンをもとに戦略を考えた場合に、「弱者の居場所は」新政の場所ではなく、伝統保守の「既存」の場所に求めたほうが、長期に安定することを歴史研究と通してしていたからである。「本当の弱者」は急激な社会変化の中ではまっさきにきりすてられてしまう。それはいまの日本の政治をみれば一目瞭然だ。


「障害者」の大半は「変化」が苦手だ。なぜかというと「変化を解釈する能力」「変化に対応する物理的状況」にハンデがあるからだ。


けれども私本人は伝統主義、保守主義者だったのか?というと現実はそうではなかった。「そうであろうと努力してきた」だけで結果はそうではなかった。「考え方が時代の先を行き過ぎていて理解できない」が大多数の本音だったようだ。


多様性を求める彼らの解釈はこうだ。現代社会は「男」という絶対的強者のつくったしくみをつくった。そのしくみを維持することをめざしそのしくみに適応できない人を「弱者」とみなすものだ。私が見た限り「男」という性そのものが多様性に満ちていること自体に気がつくマイノリティはいない。私はテストステロンの影響で脳機能の柔軟性に乏しくなりがちな男性にあわせてしくみがつくられたと考えている。だから男性が理解しやすいしくみであれば社会のしくみは変えていけると信じている。人間の弱さについてはイスラームの経典が論理的に伝えているので決して新しい考え方ではない。しかし大多数のジェンダー問題、障害者問題を扱う活動家はそのような考えをしない。男性を排除しようとする動きになりがちだ。旧来の二元論をこわしたいと考えながら、ひとつの集団を仮想敵にみる限り二元論的思想から自由になれない。


■もともと多様性に満ちていた

私は幼少のときから異端児として扱われてきたために正統派という扱われ方を知らない。だから行動のひとつひとつをとっても「その集団の常識・暗黙の了解を理解できているかどうか」と非常に意識していた。これが伝統主義、保守主義思想の原点である。また自他認識の不一致を起こす障害ゆえ得た世界観が人と違うという宿命をもっている。常人が想像もつかない「音が欠けた世界」「言語がゆがんだ世界」「人と人の関係性が断ち切られた世界」、そのような世界を基盤として発信する哲学や思想は共感を得るように成熟していくのに非常に多くの努力を要する。こうした伝統を守り保守でいることが実現できる人たちへの羨望も反映されていたようだ。つまり私にとって「普通の常識的な人」というのは異文化、異世界の住民でしかなかった。「普通の常識的な人」からみた私もまた異邦人、異端者でしかなかった。「同か異か」。この二つの基準から長いこと自由になれなかった。


しかし、マイノリティとして扱われ続けて得たものもある。「多様性を認める社会」「多元性を認める社会」。もともとマイノリティがそうではなくて、人間一人ひとりが「多様性、多元性」に満ちた存在なのだということだ。おそらくそのような「多様性、多元性」に満ちているのが人間だということに気づけなかったであろう。そして同時に「多様性、多元性」を満たす社会をつくっていくことがどれほど困難な事業であるか、人が人と関係をつくるということも、人がどれほ自己中でわがままで傲慢で忘れやすく弱い生物であるか、ということも知ることはなかったであろう。そして「個人の努力不足、怠惰、甘え」と彼らを無視し切り捨て、一瞬たりとも思いをはせることはなかったであろう。


難聴、性別越境者から性同一性障害性同一性障害から自閉症、知的障害、高次脳障害。ユニークフェイス、心臓病や糖尿などの内部障害者、世間が名を知らぬ難病の数々。「障害」の肩書きをもつものだけではない。「五体満足」とされる人にも生活保護者、ニート、ひきこもり、DV、そして格差社会。いわゆる「負け」組とされている人たちだけではない。勝ち組とされている人たちにも「障害」はあり、「不幸」がある。絶対的な人生の成功者はいないのだ。「普通の常識的な人」というものもせまい価値観をもつ人たちの秩序を維持したいための「幻想」にすぎない。「常識」とは「多様性、多元性」に満ちた個人個人が人間関係を気づきやすくするための「暫定的な申し合わせ」にすぎず、絶対的普遍的なものではない。そこの「常識」がわからなければ確認しながら学びながらつくっていけばいいのだ。それがわかった瞬間に「障害」をもつというアイデンティティから私は自由になった。


■「『コミュニケーション』富国強兵」時代を生きる

「障害を障害としない」考え方を得た今は「障害を生み出さないしくみ」に関心がある。


しかし同時に新しい重大な課題を生み出した。


もともと「多様性、多元性」な人間が求める「多様性を認める社会」「多元性を認める社会」。


これは実は「一億総人間関係強者」をスローガンとして、人間関係の武器である「コミュニケーション」を基盤としたまさに「富国強兵」をめざす社会にほかならない。日本の国際戦略の中にでてくる「高度な知的労働力資源」という言葉がまさにそれを物語る。そういう社会では一人ひとりの「多様性、多元性」が理解できないがゆえの「コミュニケーション弱者」が生き残ることは難しい。「自分を100%投げれば100%同じように通じると考えている」人たちはその意味では「コミュニケーション弱者」になるだろう。すべての人間が100%を自分を丸投げして受け止め、解釈できるだけの世界観と時間を人間はもたない。むしろ自分に関係のない情報は「無駄であってはならない情報」として「存在しないもの」にする動きが生まれるだろう。結果として「異端」として排他された苦しみゆえに求めた「多様性を認める社会」「多元性を認める社会」が新たな排他性をもつことに他ならない。現にそのような動きはうまれつつある気がする。やくざ式交渉のように「伝わりやすいやり方で自己主張し、相手に依頼をやらせたもの勝ち」という風潮に違和感がないわけではないが、風潮をかえられるほどの年月は私にはない。


こうした時代の動き自体をとめること自体は不可能だろう。しかしその動きの「被害者にならない」各自の自衛方法はないだろうか。それ「自分の設計図にしたがって『自分の扱い方』を相手がわかるようにすること」、総じて自分というキャラをいかに表現し伝えていくかということだと私は考える。自分のもつリソースをいかにだして相手の心を動かすかということだ。へたくそでもいい、不器用でもいい。人の心を動かし、行動につなげることができればその形がどうであれ、その人はたった一人でも「勝ち組」に自己認定していいのではないか?それがひいてはマイノリティに欠けがちな「自己肯定感の向上」につながるのではないか。自己肯定感の強い人の戦略やプロジェクトは人に見えないほど小さくともその力は社会のしくみを変えていくのにふさわしいものになると信じている。そうやって結果を出してきた例は枚挙にいとまがない。私もそこにつづこうと思うし、今までに縁のあった友人たちもそれが可能と信じていたい。


<その1〜その4 完>

※その5と続きます。